
こんにちは,HACARUS 東京R&Dセンター所属のエッジ・エバンジェリスト 田胡治之です.この連載では,半導体業界で長年知識や情報を得てきた私,田胡がこれまでと異なるAI業界に飛び込み,そこから感じる業界のニュースやトピックを独自の視点で紹介したいと思います.今回は,携帯電話,組込み機器,デジタル家電,エンタープライズ向けロジック集積回路のマイクロプロセッサビジネスを取り上げます.(1) 高いマーケットシェアを占めている Arm のビジネスを分析し,(2) 新興勢力の RISC-V と比較します.
Arm はどこに使われているのか?
スマートフォンでの Arm CPU の使われ方を例示します.2018年頃のスマートフォン製品外観を Figure 1a,内部構造を Figure 1b に示します.スマートフォン全体の制御,音声・データ通信のベースバンド信号処理,各種アプリケーション(Webブラウザ,電子メイル,カメラ,動画再生など)を行う半導体を通称アプリケーションプロセッサ(AP: Application Processor)と呼びます(Figure 1c の黒い四角形).これはシリコンチップ( Figure 1d)の入ったパッケージで,様々な機能ブロック(CPU, DRAM I/F, GPU 等)が集積されています(Figure 1e).各機能ブロックの実体は回路ブロックであり,半導体業界では IP(Intellectural Property)と呼ばれます.Arm は IP の開発販売ビジネスで高いマーケットシェアを持っています.Arm は,CPU(Central Processing Unit),GPU(Graphics Processing Unit),APU (Artificial Intellgence Processing Unit)など様々な IP を販売しています.本稿では,主力 IP である CPU(Central Processing Unit)にフォーカスします.Arm 業績資料では, CPU は プロセッサデザイン(Processor Design (PD)) と呼ばれています.両者は同じ意味です.

Figure 1 スマートフォン外観,内部構造,アプリケーションプロセッサチップ,チップの内部ブロック図 [3] [4]

Figure 2 Arm のビジネスモデル [5]
Arm ビジネスは長年にわたる
Arm のライセンス料売上とチップ・ロイヤリティ売上の性質を見てみます(Figure 3).IP 研究開発を始めてから売上が立つまで長い年数かかります.
- 研究開発に 2~3年かかる.この間費用のみ発生し,売上はない,
- 製品開発に3~4年かかる.顧客がArm IPを使った半導体開発を始めるので,ライセンス料売上が立ち始める.製品出荷が始まり,チップ・ロイヤリティ収入も得られ始める.
- 量産段階に入ると,半導体メーカーは顧客(OEM Customer)に半導体を販売します.Arm は,Arm IP を組み込んだ半導体出荷個数に応じたチップ・ロイヤリティを,半導体メーカーから受け取ります.チップ・ロイヤリティは25年以上続く場合もあります.
このように,足の長いビジネスです.Arm 売上の視点で見ると,半導体メーカの開発開始時にライセンス収入が先に入り,量産開始後チップ・ロイヤリティ収入が入る順序です.従って,ライセンス料収入を伸ばし続けることが将来のチップ・ロイヤリティ収入増に繋がるため重要です.

Figure 3 研究開発から売上が立つまで数年以上かかる Arm ビジネス [5]
Arm 売上金額推移
2007年から2021年までのA rm の年売上金額推移を Figure 4 に示します.2021年はおそらく半導体不足の影響で,ライセンス売上とチップ・ロイヤリティ売上が急増しました.筆者は特殊要因と考えます.2019年を例にとると,ライセンス(Technology Licensing)売上額は 583億米ドル,チップ・ロイヤリティ(Total Technology Royality)売上額は 1081億米ドル,ソフトウェアとツール(Software and Tools)売上額とサービス(Services)を合わせた売上額は 235億ドルです.総売上額に対してライセンス売上額は約31%,チップ・ロイヤリティ売上額は約57% で,この二つが多くを占めます.2016年頃からライセンス売上がほぼ横這いになっていることが読み取れます.

Figure 4 Arm 売上金額の推移(2007年~2021年) [1] [2]
Arm マーケット別の四半期毎出荷個数推移
2007年/2Q から 2019年/4QまでのArm マーケット別の四半期毎出荷個数推移を 冒頭グラフに示します.モバイル市場(スマートフォン)向けアプリケーションプロセッサでは,Arm CPUがほぼ独占状態です.2017年以降,モバイル機器出荷台数はは横這いが続いており,Arm モバイル市場向け出荷個数(青色)も同じ傾向です.一方,組込み市場向け(オレンジ色)は順調に出荷個数を伸ばしています.
Arm プロセッサデザイン別の四半期毎出荷個数推移
2007年/Q2 から 2016年/Q2 までのArm プロセッサデザイン別の四半期毎出荷個数推移を Figure 5 に示します.Classic ARM(ARM7, ARM9, ARM11 の合計)は,2016年/2Q になってもまだ出荷個数が多いことに改めて驚きました.例えば ARM7 は1993~1994年デビューから20年間以上生産されています.Cortex-M は順調に出荷個数を伸ばしていることが読み取れます.

Figure 5 Arm processor design 別四半期毎出荷個数(2007年/Q2~2016年/Q2) [1] [2]
Arm Flexible Access
2019年7月に,Armは,Arm Flexible Accessを導入しました [6] [7] [8][9].一言でいうと,Arm IP ライセンス料の後払い方式です.それまでの Arm 標準 IP ライセンスでは,設計開始時にIP ライセンス料を支払う必要がありました(Figure 6 上側の青矢印).これに対して Arm Flexible Access では,設計を終え製造を始める時点で IP ライセンス料を支払えばよいのです(Figure 5 下側の青矢印).Select, evaluate, experiment, design 期間中(Figure 6 下側),Arm が提供する プロセッサ IP レパートリーから様々な IP を試して評価し,目標性能とコストに最もフィットする IP を選ぶことができます.製造に進めるのは,年にひとつまでの プロセッサ IP に制限されますが,十分と思います.

Figure 6 Arm Flexible Access [8]

Figure 7 Arm Flexible Access Licenses [7] を元に筆者が抜粋した表

Figure 8 Arm IP repertoires under Arm Flexible Access Licenses [9]
RISC-V の勃興
RISC-Vは,確立された縮小命令セットコンピューター(RISC)の原則に基づいたオープン標準の命令セットアーキテクチャー(ISA)です.Arm などの命令セットアーキテクチャ(ISA)設計とは異なり,RISC-V ISAは,使用料のかからないオープンソースライセンスで提供されています. RISC-V財団が命令セットアーキテクチャを管理しています.私企業の所有物ではないので中立かつ安定性が高いと考えられています.ソフトバンクグループ傘下だった Arm が,米国半導体メーカー Nvidia に売却されそうになった時に業界に生じたような懸念は少ないと考えられます.RISC-V 命令セットには拡張命令コード空間があらかじめ定義されていて,各応用向けに適した命令を追加できる魅力もあります.RISC-Vは命令セット仕様で,それに基づいて回路設計された RISC-V IPとSoC(System on Chip)が,例えば米SiFive社,台湾Andes Technology社等の半導体メーカーから製品化されています.RISC-V IP を使った半導体を開発する場合,商用 RISC-V IP 開発販売メーカー(SiFive, Andes 等)にライセンス料とチップ・ロイヤリティを支払う必要はありますが,RISC-V 財団への支払い(命令セット使用権)は生じません.
RISC-V IP,ソフトウェアとツールの売上額(2019年調査による実績と見通し)を Figure 9 に示します. RISC-V IP 売上は急速に伸びています.

Figure 9 RISC-V IP Revenue [10] に筆者加筆.
Arm ライセンス売上額と RISC-V IP 売上額の比較
Arm Processor Design (PD) Licence 売上額と,RISC-V IP売上額の比較を Figure 6 に示します.RISC-V IP 売上額データは,2018年と2019年が実績,2020年と2021年は2019年時点での見通しです.Arm ライセンス売上額に対して,RISC-V IP売上額は 2019年時点で23%に達していると推定できます.CPU IP を含むロジック半導体新規設計では,RISC-V は急速に採用が進んでいる,と言えそうです.

Figure 10 Arm processor design (PD) license revenue [1] [2] and RISC-V IP revenue [10]
まとめ
- Arm IP のマーケット別出荷個数(2007年/2Q ~ 2019年/4Q),売上金額と内訳(2007年 ~ 2021年),Processor Design (PD)別出荷個数(2007年/2Q ~ 2016年/2Q)を,同社決算資料から拾い出しグラフ化しました.マーケット別では Armはモバイル向け(スマートフォン)に極めて高いシェアを持っています.スマートフォン出荷台数が横這いになった2017年以降,Arm のモバイル向け出荷個数も横這いになったようです.組込み向けの Cortex-M は順調に出荷個数を伸ばしています.
- 2019年7月,Armは Arm IP ライセンス料後払い方式の Arm Flexible Accessを導入しました.顧客の IP導入時の敷居を低くして顧客の設計数を増やし,より多くのIP ライセンスを使ってもらう目論みです.更に,例えば Cortex-M IP が組み込まれた半導体が製造開始されれば,Figure 5 に見るように製造が長期間続く可能性が高くチップ・ロイヤリティ収入増も図れる戦略,と考えられます.
- Arm プロセッサデザインライセンス売上額に対して,RISC-V IP売上額は 2019年時点で23%に達していると推定されます.CPU IP を含む新規ロジック半導体開発では,RISC-V の採用が急速に進んでいるようです.Arm と RISC-V の戦いから目が離せません.
参考文献
[1] “ARM Holdings plc Reports Results” for 2007/2Q ~ 2016/2Q
Example 1. 2007/2Q result https://www.design-reuse.com/news/16343/arm-holdings-plc-quarter-half-year-ended-30-june-2007.html
Example 2. 2016/2Q result https://www.design-reuse.com/news/40262/arm-q2-2016-financial-results.html
Search method: (1)Access https://www.design-reuse.com/ (2) enter keyword such as “ARM Holdings Report 2015”, etc., into SEARCH IP field.
[2] Arm results for 2017/3Q ~ 2021/4Q
SoftBank Group Corp., May 9, 2017 “Earning Results for the Fiscal Year Ended March 31, 2017 Data Sheet”
https://group.softbank/system/files/pdf/ir/presentations/2016/earnings-datasheet_q4fy2016_01_en.xlsx
SoftBank Group Corp., May 9, 2018 “Earning Results for the Fiscal Year Ended March 31, 2018 Data Sheet”
https://group.softbank/system/files/pdf/ir/presentations/2017/earnings-datasheet_q4fy2017_01_en.pdf
SoftBank Group Corp., Data Sheet for the Fiscal Year Ended March 31, 2019
https://group.softbank/system/files/pdf/ir/presentations/2018/earnings-datasheet_q4fy2018_01_en.xlsx
SoftBank Group Corp., Data Sheet for the Fiscal Year Ended March 31, 2020
https://group.softbank/system/files/pdf/ir/presentations/2019/earnings-datasheet_q4fy2019_01_ja.pdf
SoftBank Group Corp., Data Sheet for the Fiscal Year Ended March 21, 2021
https://group.softbank/system/files/pdf/ir/presentations/2020/earnings-datasheet_q4fy2020_01.xlsx
SoftBank Group Corp., Data Sheet for the Fiscal Year Ended March 21, 2022
https://group.softbank/system/files/pdf/ir/presentations/2021/earnings-datasheet_q4fy2021_01.xlsx
[3] OPPO Japan R15 Neo Spec.
https://www.oppojapan.com/smartphones/r15neo/specs.html
[4] 清水洋治(テカナリエ), EE Times Japan, 2018/7/19,MediaTekが「OPPO R15」に送り込んだ“スーパーミドルハイ”チップのすごさ
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/1807/19/news012_2.html
[5] Arm Limited Roadshow Slides Q2 2020
https://group.softbank/system/files/pdf/ir/presentations/2020/arm-roadshow-slides_q2fy2020_01_en.pdf
[6] Arm, Arm Flexible Access gives chip designers the freedom to experiment and test before they invest
https://www.arm.com/company/news/2019/07/arm-flexible-access
[7] Arm, ARM FLEXIBLE ACCESS
https://www.arm.com/en/products/flexible-access
[8] 大原雄介, 2019/8/27,Armの“後払い”ライセンスに見え隠れするRISC-Vの興隆
https://techfactory.itmedia.co.jp/tf/articles/1908/27/news022.html
[9] Ian Cutress, AnandTech, July 16, 2019, “Arm Flexible Access: Design the SoC Before Spending Money”
https://www.anandtech.com/show/14644/arm-flexible-access-design-the-soc-before-spending-money
[10] Calista Redmond, RISC-V International, RISC-V Days Tokyo 2021 Autumn, 2021/11/18, page 12, “RISC-V The Open Era of Computing” https://riscv.or.jp/wp-content/uploads/Japan-RISC-V-Open-Era-11-11-2021_compressed.pdf