
こんにちは,HACARUS 東京R&Dセンター所属のエッジ・エバンジェリスト 田胡治之です.この連載では,半導体業界で長年知識や情報を得てきた私,田胡がこれまでと異なるAI業界に飛び込み,そこから感じる業界のニュースやトピックを独自の視点で紹介したいと思います.今回は,Bluetooth マイコンの電池寿命を実測したレポートです.
Silicon Labs社 “Thunderboard”のバッテリ寿命テスト風景.Bluetooth Low-power Thermometer プログラムが 動作中.CR2032 コイン電池電圧と Thunderboard 消費電流を測定中.
1. Bluetooth マイコンの電池寿命モデルと予測
本 blog シリーズ Vol.15 Bluetooth マイコン触ってみました -Part2- [1] にて,Silicon Labs社 Silicon Labs社 “Thunderboard” [2] を使い,Bluetooth低消費電力温度計(Bluetooth Low-power Thermometer)プログラムの開発から電池寿命見積りまでをレポートしました.本稿は続編で, “Thunderboard” 上で Bluetooth低消費電力温度計(Bluetooth Low-power Thermometer)を電池がなくなるまで一ヵ月以上に渡って動かし続け,電池寿命を実測したレポートです.
[1] で,アドバタイズ間隔を変化させて Thunderboard の平均電流を測定しました.電池容量(CR2032: 220mAH)を平均電流で除して,電池寿命を見積りました(Figure 1).なお,アドバタイズ(Advertise)とは,ペリフェラル(本実験では Thunderboard)間隔とは,自分の存在を知らせ接続要求を行う電波を発する間隔のことです.セントラル(本実験ではスマートフォン上のBluetooth アプリ)がアドバタイズを発見し応答すると接続の確立が行われ,接続状態となります.Figure 1 において,例えばアドバタイズ間隔を 0.05秒に設定すると電池寿命は43日間,また1秒に設定すると764日間と見積もられました.本実験ではアドバタイズ間隔を 0.05秒に設定し,Thunderboard 上で Low-power Thermometer プログラムを電池がなくなるまで連続して動かし続け,電池寿命を実測しました.
Figure 1 Thunderboard の電池寿命見積り [1]
2. 電池寿命の測定手法
Thunderboard 消費電流は,1.5uA ~ 6mA の間で,パルス状に変化します[1].Silicon Labs社資料[2]では,DC power Analyzer [3] を使って消費電流と電池電圧を測定する方法が紹介されています.[3] は高精度かつ高機能な測定器で,価格は数十万~百万円(構成により異なる)クラスです.本実験では,目的に合う消費電力測定器を低コストで自作して用いました.
測定においては,「測定系が被測定対象に影響を極力与えない」ことが重要です.数千円から手に入るデジタルテスター,デジタルマルチメーターを使えないかを考えてみます.電圧測定レンジの入力抵抗は 1Mohm ~ 10Mohm 程度です.電池電極にデジタルテスターを接続すると,オームの法則から約3uA(3V / 1Mohm)の電流がデジタルテスターに流れ込みます.一方,測定対象 Thunderboard の最小電流値は 1.5uA です.即ち,測定対象に流れる電流の2倍がデジタルテスターに流れてしまいます.これでは電池寿命を正しく測れません.電流測定でも,デジタルテスター電流レンジの内部抵抗が高いため,やはり正確な測定は困難です.
そこで [3] 程の高い精度と汎用性はないものの,本実験目的には必要十分な電圧測定と電流測定を行う消費電力測定器(Power measurement instrument)を低コストで自作しました(Figure 2).電圧測定に Voltage follower,電流測定に 計装増幅器(Instrumentation amplifier)[4] を使うことで,Thunderboard 消費電流と電圧に測定系の影響をほとんど与えない測定系を組みました.消費電力測定器に起因する余分な電流は,Thunderboard最小電流値の 0.06% 以下,電流検出抵抗による電圧降下は,電池電圧の 0.43% 以下に抑えることができました.バッファリングされた電池電圧が Vref に,電圧に変換され増幅された電流値が Vcur に出力されます.Vref と Vcur はOPアンプを介して被測定回路と分離されており,また低インピーダンス信号のため,オシロスコープやデジタルテスターを接続し安定して測定できます.消費電力測定器の性能を Table 1 に示します.
Figure 2 Power measurement instrument
Table 1 Performance of the power measurement instrument
電流測定回路の精度を,Figure 3 に示します.Thunderboard の消費電流範囲 1.5uA ~ 6mA に対して精度 +/-5%以内です.本実験には十分な精度と言えます.
Figure 3 Accuracy of the current-sense amplifier
3. 実験手順
実験手順を説明します.
a. Thunderboard と Central の準備
アドバタイズ間隔を 0.05s,温度測定間隔を1sとした Low-power Thermometer プログラムを,Thunderboard に書き込みます[1].Central となるスマートフォンには,Silicon Labs社 EFR connect をあらかじめインストールしておきます[5].
b. 測定
Thunderboard と電池(消費電力測定器ケース内)に接続し,測定を始めます.測定間隔は約12時間としました.Thunderboard は,11時間55分間 Advertising mode にあります(Figure 4 (A)).測定時刻5分前に,Advertising mode の電池電圧とThunderboard電流を記録します.次に CentralのEFR connect アプリから Thunderboard に Bluetooth 接続します.このとき電流パルス間隔が 0.05s から 1s に伸び平均電流が大きく下がります(Figure 4 (B)).接続後,電池電圧が安定するまで約5分間待ち,接続状態で温度,電池電圧とThunderboard電流を測定します(Figure 4 (C)).次に EFR connect アプリから Thunderboard との接続を切断します(Figure 4 (D)).これで,Figure 4 (A) に戻りました.この測定手順を12時間毎に繰り返しました.
Figure 4 Thunderboard battery life test
4. 実験結果
測定結果を Figure 5 に示します.測定開始後37日20時間後に電池電圧が2.20Vに急に低下し,Thunderboard の動作が停止しました.即ち,電池寿命は約37日20時間でした.一方,平均電流からの電池寿命見積もりは43日間でした(Figure 1).アドバタイズ間隔0.05s の一条件,一回の実験ではありますが,見積りに近い実測結果が得られました.Figure 1 の電池寿命見積りモデルは妥当と考えます.一例としてアドバタイズ間隔を1秒に設定すれば,2年以上の電池寿命が予測されます.コイン電池一個で年オーダー動作するスマートエッジデバイスが色々と考えられそうです.
Figure 5: Thunderboard battery life test result
5. まとめ
- Bluetooth マイコン,Silicon Labs社“Thunderboard” 上で Bluetooth 低消費電力温度計(Bluetooth Low-power Thermometer)を電池がなくなるまで一ヵ月以上に渡って動かし続け,電池寿命を実測しました.
- 消費電力測定器を自作し,1.5uAから6mA間を変化する Thunderboard 消費電流と電池電圧に測定系が影響を与えないように留意しました.
- Thunderboard の低消費電力温度計プログラムをアドバタイズ間隔 0.05s,温度測定間隔を1sとして連続動作させ,Centralと12時間ごとに数分間接続した場合,電池寿命は約37日20時間でした.アドバタイズ間隔を1秒に設定すれば,2年以上の電池寿命が見積もられます.
6. 参考文献
a. [1] 『半導体業界の第一人者,AI業界を行く!』 Vol.15:Bluetooth マイコン触ってみました -Part2-, https://hacarus.com/ja/ai-lab/20210928-bluetooth-microcomputer2/
b. [2] Silicon Labs, “AN969: Measuring Power Consumption on Wireless Gecko Devices”, https://www.silabs.com/documents/public/application-notes/an969-measuring-power-consumption.pdf
c. [3] Keysight N6705B DC Power Analyzer, https://www.keysight.com/us/en/support/N6705B/dc-power-analyzer-modular-600-w-4-slots.html
d. [4] Analog Devices, LT1167, https://www.analog.com/media/en/technical-documentation/data-sheets/1167fc.pdf
e. [5] Silicon Labs EFR Connect BLE Mobile App, https://www.silabs.com/developers/efr-connect-mobile-app