skip to Main Content
春光院でオールイングリッシュの坐禅を体験してみた

English

こんにちは!CHO室の菊本です。先日、右京区にある臨済宗大本山妙心寺の塔頭寺・院春光院さんにて第2回目の坐禅体験をしてきました。こちらの春光院さんですが、嵐電妙心寺駅・JR花園駅が最寄りのお寺大密集エリアに建っています。染田さんのGooglemapさんが途中でナビゲートを放棄してしまったというほどのややこしさ。

 

 

春光院さんの坐禅体験の特徴は、レクチャーの全てが英語で行われるということ。実際に私たちが参加した日も、日本人はハカルスのメンバーだけでした。

副住職の川上さんは、高校卒業後に渡米し宗教学や宗教紛争について学ばれたそう。帰国後、宮城県のお寺での修行を経て2006年よりご実家の春光院に戻られ英語での坐禅会を開始しました。

 

坐禅の体験

私たちは体験の冒頭で「何かを判断する時、客観的な事実に自分の経験や先入観を加味している」ということに気づかされます。

和室に通していただくと丸い座布団が等間隔に並べられているほかに、部屋の後方には椅子も並んでいます。

ハカルスのメンバーも他の参加者の方も、何の疑いもなく座布団の上に座り、あぐらを組んで座って開始を待っていました。

するとそこに副住職の川上さんがご登場。「なぜみなさんは足を組んでいるのですか??」「その座り方はあなたにとって最も楽な方法ですか」と問いかけられました。

 

確かにそう言われてみると。「坐禅=あぐらを組んで座る」というイメージ、先入観が私たちをそうさせていたのだと思います。

しかし普段の生活であぐらを組むことはなかなかないですし、一番楽な座り方でもありません。椅子に座る方が慣れていて長時間持続できます。

 

普段の生活においても、私たちはいろいろなことを先入観や経験を元に判断しています。

物事を効率的に進めたり危険や失敗を回避するために過去の経験(実際の体験だけでなく、人から聞いたこと、見たこと)はとても重要になってきます。

そして経験を通し、私たちはそれぞれの物の見方・価値観(自我)を創造します。さらに、様々な体験を通して物の見方や価値観(=自我)は変化していくこともあります。

 

坐禅やマインドフルネスにおいては、その「経験」や「先入観」をいったん横に置いて、「いまここ」に集中する・向き合うことが実践における重要なポイントだと思います。

 

 

実は前回の両足院でも住職さんのお話の中で人工知能やITといったキーワードが登場しました。

人工知能は、価値観や物の見方を自ら変化させることはありません。もちろん”自我”も持っていません。人工知能は執着がないので”非人間的”と言われたりもしますがその所以はおそらくここにあるんだと思います。

自我については、科学的に理解が進んでおらず未だ議論され続けています。自我という概念の解明は人工知能分野における技術革新を押し進めることになるかもしれません。

 

メンバーの感想

・場所の静かさにまず驚きました

・20分でもそこまで長く感じなかったです。毎日取り組んで、少しずつ慣れてきたのかもしれないです

・リラックスできる、フォーカスできるというのはまだ半分で、その後にuncomfortableなものに向き合うのが本質、というのは目から鱗でした

・多くの人が坐禅の目的は「心の安らぎ」や「リラクゼーション」にあると思っているが実際は『現実に対する挑戦』であるということがとても興味深かったです

・メディテーションの間、寺院の静かさに驚きました。鳥の鳴き声と少しの風の音が聞こえるだけでした

・学習や仕事における新しいアイディアを得ることができました

・人生における新しい見解を得たいと思ったら春光院を訪れること、マインドフルネスを体験してみることをおすすめします

▲体験終了後には抹茶とグルテンフリーのおせんべいが振る舞われました