『半導体業界の第一人者、AI業界を行く!』 Vol.1:NVIDIA の Arm 買収は RISC-Vに追い風か?

『半導体業界の第一人者、AI業界を行く!』 Vol.1:NVIDIA の Arm 買収は RISC-Vに追い風か?

こんにちは、ハカルス 東京R&Dセンター所属のエッジ・エバンジェリスト 田胡治之です。
この連載では、半導体業界で長年知識や情報を得てきた私、田胡がこれまでと異なるAI業界に飛び込み、そこから感じる業界のニュースやトピックを独自の視点で紹介したいと思います。

初回なので、まずは自己紹介から。
1977年に東京芝浦電気株式会社の半導体事業部に入社し、Sony PlayStation2のCPUであるEmotion Engine、およびPlayStation3のCPUであるCELLプロセッサーの設計開発に携わりました。当時は、日米のクロスボーダーチームで数十人の半導体エンジニアを率いたり、東芝・ソニー・IBMの3社によるCELLプロセッサー設計開発を東芝側のリーダーとして牽引したりと、半導体開発どっぷりの日々でした。
そこから、2012年から台湾(財)工業技術研究院にて,ウェアラブル向けSoC設計技術の研究、さらにエッジAIの研究に携わり、エッジ AI の世界への興味が俄然強くなり、2019年9月よりハカルスにジョイン。
現在は、2020年10月に開設した東京R&DセンターにてエッジAIの技術情報発信と顧客開拓を担当しています。


さて、初回となる今回は、NVIDIA がArm を買収というニュースが出ていましたので、この買収の意味を考えてみました。

まず、「Arm のメリット」から紐解いていきます。
SoC(マイクロプロセッサ、様々な機能ブロックを集積した大規模ICのこと)開発メーカーの立場から見ると、Armを使うメリットは大きく二つ挙げられます。

  1. 半導体メーカーからの中立性
    Arm のビジネスモデルは、マイクロプロセッサコアや各種IP(Intellectual property)の設計データを半導体メーカーにライセンス販売する形です。半導体メーカ製品に組み込まれる部品の設計図ライセンスを売っており、自前のArmブランド半導体製品を持たないため、半導体メーカーはArm と競合する懸念がありません。どの半導体メーカーもArmのIPライセンスを購入することができます。
  2. 充実したエコシステム
    SoC 開発は強引に例えると、パッチワーク制作のようなものです。パッチ一枚一枚に相当するマイクロプロセッサコア、GPU、オンチップメモリ、周辺回路(USB, PCI-express,など)、パッチ間を繋いで通信を行うインターコネクト など、まず準備する必要があります。Arm は本業であるマイクロプロセッサコアはもちろん、GPU、オンチップメモリ、インターコネクト等のIP ライセンスをArm プラットフォーム上で提供しています。サードパーティも、Arm プラットフォーム上でIPやソフトウェアのビジネスができます。
    更にSoC設計に不可欠な設計ツールベンダーも、Arm社IPをスムーズに扱えるように設計ツールを準備しています。つまりArm社を中心にエコシステム(Arm 経済圏)ができていて、それが Arm の大きな魅力になっています。

次に半導体メーカー NVIDIAの視点から、考察します。NVIDIA はよく知られているように GPU のトップメーカです。NVIDIA ブランドの半導体を売ることが彼らのビジネスです。

  1. 半導体メーカーからの中立性はどうなるのか?
    プレスリリースの中で「NVIDIAはArmのオープンライセンスモデルと中⽴性を維持した上で、NVIDIAの技術によりArmのIPライセンスポートフォリオを拡充」と述べています。上に述べたようにNVIDIAは現状半導体メーカの一社であるのは間違いなく、Arm の半導体メーカからの中立性とどのように折り合いをつけていくのか興味深いところです。なお、Jetson Xavier NX Developer Kit に使われているSoCのCPU には、6-core NVIDIA Carmel ARM®v8.2 64-bit CPU 6 MB L2 + 4 MB L3 が使われています。これはNVIDIAが Arm 命令セットを自社で実装(マイクロアーキテクチャ以降の設計)したものと思われます。
    つまりNVIDIAは、Armのハイエンド向けマイクロプロセッサコアを既に自社で持っているのです。NVIDIAはArm のどのようなIPを新たに使っていくのでしょうか? Arm の得意な低消費電力なIP でしょうか?
  2. Arm の充実したエコシステムはどうなるのか?
    オープンなマイクロプロセッサアーキテクチャとしてRISC-V があります。他の多くの命令セットとは異なり、RISC-V 命令セットは、ライセンスフィーとロイヤルティーが無償で利用可能なオープンソースです。
    RISC-Vのもう一つの特徴は、命令セットに初めからカスタム命令拡張が定義されており、特定用途に向けた専用プロセッサーコアを開発しやすいことです。x86やArmといった業界標準のCPUコアに代わる選択肢として注目を集めており、米ウエスタンデジタル(Western Digital)は自社製HDDやSSDのコントローラーをすべてRISC-Vベースにすると明言し、米エヌビディア(NVIDIA)は試作した将来版GPUのコントローラーとしてRISC-Vベースの独自CPUを搭載といったニュースもあります。

余談ですが、HACARUS でもRISC-V搭載ボード HiFive Unlearshed (RISC-V)上に スパースモデリングアルゴリズムの一つである Lassoを動かすことに成功しました。ご興味あるかたはHACARUSエンジニアの記事をご覧ください。

一方でRISC-V は誕生間もないため、エコシステムはまだ揺籃期と言えるでしょう。NVIDIA の Arm 買収によりRISC-Vへの追い風は強まるでしょうか?今後の動向に要注目です。

筆者プロフィール
株式会社Hacarus 東京R&Dセンター エッジ・エバンジェリスト 田胡治之

慶応義塾大学工学部 修士課程修了。1977年に東京芝浦電気株式会社の半導体事業部に入社。Sony PlayStation2のCPUであるEmotion Engine、およびPlayStation3のCPUであるCELLプロセッサーの設計開発に携わる。
2012年から台湾(財)工業技術研究院にてウェアラブル向けSoC設計技術の研究、エッジAIの研究に従事。
2019年9月にハカルスに入社、現在は2020年10月に開設した東京R&DセンターにてエッジAIの技術情報発信と顧客開拓を担当。

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